Exhibition|2025.9.6 Sat - 9.26 Mon
木下理子『幽かなスリル』出版記念展 III

9月6日(土)より本屋青旗にて、木下理子『幽かなスリル』刊行を記念した展覧会を開催します。
森山邸の大きな窓に切り取られた遠い空は、青味が増すほど奥行を持つサイアノタイプの画面と通づるものがあり、また、太陽光の下で時間の経過により青く染まるサイアノタイプは、長い年月を過ごして日に焼けた本やプラスチック製品と似た部分があるように思います。
ーー揺れるカーテン、木漏れ日、水槽の金魚、訪れる人々。この本は、生きて動き回ったものごとの記録です。
(木下理子・揺れる星の上で)
2024年2月に東京・蒲田で開催された9日間の展覧会「幽かなスリル」。
西沢立衛設計の集合邸宅、森山邸の二棟で開かれた本展は、通常のいわゆる展覧会とは異なる時間を包摂していました。
展覧会は作家の自律した作品を見せるための時空間と思われます。しかし「幽かなスリル」は、会場の森山邸の空間や生活と作品が呼応しながら、その存在によってかすかに揺らされ瑞々しい時間をひらくその場を祝福し共有するものでした。
木下理子は、世界を知覚する装置として、周囲の環境やその場所にある物理的な条件や文脈に呼応する立体、ドローイング、インスタレーションなどの作品を制作してきました。
透過や反射、陰影など周囲の条件によって目眩く変化する素材を用いて、またはアクリル絵具や曲げ伸ばしの容易なアルミ箔で遊戯的な線や色彩を引いて遊びかけるようにして、その場所、ひいては世界が持つレイヤーや粒子を捉えてはそのスケールを大小させる、スコープのような役目を持つ作品たち。
作品が概念として昇華されたとき、個人的な出来事から切り離されて陳列されることもあるなかで、「幽かなスリル」では森山邸で生活するオーナー・森山さんの物々と作家の作品とが掛け合わされるように配置され、ときに光や風を受け、その時々に表情を変えていました。開口部からたくさんの光が差し込み多幸的な時間を纏う森山邸もまた、そのような木下の作品によってより生き生きとした表情を見せていました。
作家が色彩豊かな作品を作るきっかけともなった森山邸、森山さんとの交流と、そこから生まれた奇跡のような作品との共生。本書はその束の間の時間を記録する本として制作され、写真家・高野ユリカによる展示写真と、作家と詩人・田野倉康一のテキストを収録しています。
人の営みや思考は時間や空間によって限りがあり、それらの目には見えない世界や運動を残すために書籍は作られるのかもしれません。時間の閉じ込められた本もまた、遠くの時間や空間を眼差すことができる、その場所とはまた異なるレンズを持った、向こう側とこちら側とを緩やかに繋ぐ隣接点と言えるでしょう。
本展では、森山邸でも展開された木下理子のアルミのシリーズ作品を展開するとともに、サイアノタイプ(青写真)の新作を発表いたします。ぜひご高覧ください。
*初日9月6日(土)にはイベントが開催されます。ぜひご来場ください。
木下理子 | Riko Kinoshita
美術作家。水彩やサイアノタイプ(日光写真)などの技法を用いたドローイング、身近な素材を使った立体、あるいはインスタレーションのような空間的手法を用いて作品を制作する。暮らしのなかで見落とされるささやかな事柄を感知するための手がかりとして、環境や世界を知覚する装置としての作品群を展開している。
Text: 見目はる香
—
木下理子『幽かなスリル』
2025年3月14日刊行(発行:oar press)
14.8×8.9cm/丸背手帳製本/日英バイリンガル/本文140頁
ブックデザイン:明津設計
写真:高野ユリカ
文:田野倉康一、木下理子
森山さんのおうちは、可愛くて明るくて、健康的なのに、
どこか儚くてどうしようもなく切ない気持ちにさせられる。
2024年2月に森山邸で開催された展覧会「幽かなスリル」の記録集。