『ー・・』刊行記念展示にあわせて開催された、写真家・濵本奏×尾中俊介(Calamari Inc.)によるトークイベントレポート。
写真集『ー・・』が描く、記録と記憶の往復
Editorial|2026.03.25

2026年2月21日から3月15日にかけて、本屋青旗で開催された写真家・濵本奏による写真集『ー・・』刊行記念展示。この展示にあわせて、写真家の濵本奏、本書のブックデザインを担当したグラフィックデザイナー尾中俊介(Calamari Inc.)によるトークイベントを開催。作品の背景について、また本書がどのように形づくられていったのか、お話を伺いました。
⸺写真家の濵本奏さんの写真集『ー・・』(チョー タン タン)の刊行記念展示が、昨日(2026/2/21)から本屋青旗で始まりました。まずは、簡単に今回の作品集のことをお二人からご紹介いただけますか。
濵本:今回は昨年の夏に出版した『ー・・』(チョー タン タン)という作品の刊行記念展示です。
この写真集は、神奈川県横須賀市で、第二次世界大戦中に訓練をしていた「伏龍特攻隊」という特攻兵の方が残した手記を元に制作したもので、写真と、伏龍に関する年表、そして私が制作期間中に書いていた日記の3つのパートがあります。特攻隊にはいろいろ種類があって、空の特攻隊や、魚雷に入って潜る「回天」などは皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが、「伏龍」は知名度が低いと思います。というのも、実戦で使われなかったものなんです。訓練の中で多くの方が命を落とされているんですが、誰が何人亡くなったかというのが、公的な資料として残っていません。軍事機密ということで戦後に資料を燃やしてしまい、何も残っていないと知って、今の時代にもう一度、本として出版して残せたらという思いで作りました。
尾中さんとは今回初めて制作をさせていただきました。尾中さんがデザインをされていた梅田哲也さんという作家の『O滞』という本を見て、すごく衝撃を受け、「一体どなたがデザインをしてるんだろう」というところから調べてご連絡しました。そこから事務所にお邪魔して作品の説明をして、半年くらいやり取りをしながら作ったものになります。
⸺尾中さんが最初に濵本さんを知ったのはその時ですか?
尾中:ちょうどその少し前に濵本さんのウェブサイトかインスタを覗いていて、連絡をもらった時、「あの人だ」っていうのがあったんです。ただ、世代も全然違うので、「これはちょっと何かの間違いかもしれない」と思う感じもありました。でも、梅田くんの『O滞』(T&M Projects, 2021)を良かったとまず書いていただいていて、それはおもしろいなと思いました。『O滞』というのがだいぶ変な本で、写真とテキストが交互に現れてくるものなんです。写真集としても読めるし、梅田くんのテキストブックとしても読める。両A面で、英語と日本語が真ん中で繋がるんですが、真ん中は真っ暗な画面になっています。入れ子状になってるというか。写真も、表と裏で全然違う写真なんですが、実は関係付けているという作りになっています。そのような変わった本を面白がってくれて、梅田くんの作品に興味を持つような写真家はきっと面白い方だろうから、まず話を聞こうと思ったのが最初ですね。
濵本:書籍『O滞』は、映画作品の本バージョンというか、アウトプットの仕方だと思うんですが、これを買って読んだ時はまだ映画は見たことがない状態でした。でも、こんな映画のアーカイブの仕方って他にないな、と。立体的な、全く二次元ではない本の作りにすごく感動しました。「絶対いつか頼みたい」と思っていて、それで今回尾中さんお願いしたという流れでした。
尾中:その時にいただいた提案が、テキストに自分の日記と、過去の歴史的・エッセイ的なものと、年表が入ってくるというものでした。それと写真を一緒にしたいとおっしゃっていて、だからこそ梅田くんの『O滞』と繋がる部分がありますよね。写真という感性で見るようなものと、理性で理解しないといけない資料的なものとをどういうふうに組み合わせるか考えたいんだなというのが伝わってきました。
濵本:今回は写真だけではなく、テキストを書くこと、リサーチ、あと音を録ることなど、いろいろな要素が同じ熱量で進んでいました。それを全部同じぐらい大事だと見せるにはどうすればいいか、という話をしました。
この写真集には、巻末にレコードが付いています。横須賀の、彼らが歩いていたであろう場所をリストアップして、そこで実際にレコーダーを回して作った音なんですが、レコードを付けたらいいんじゃないかと提案をしてくださったのも尾中さんでした。
以前、第二次世界大戦下に弾薬庫として使われていた米ヶ濱砲台跡を使った作品を芸術祭の一環で発表しました。その時は写真の展示はせずに、インスタレーションのようなかたちで音だけを展示していました。尾中さんはそれを見に来てくださったのもあって、「どうにか音を入れたほうがいいと思う」とアドバイスをいただきました。最初はQRコードなのか、CDなのか、カセットなのか、と色々話をしていたんですが、たまたま尾中さんが事務所にあった7インチレコードを、「このサイズ、この版型がいいと思う」と提案してくれました。埴谷雄高さんの本があって。
尾中:『不合理ゆえに吾信ず』(現代思潮社/1967年2版)という本ですね。これと結局同じサイズになっているんですが、これに7インチをはめたらちょうど収まるんじゃないか、みたいになって。
濵本:元々私は埴谷雄高が好きで、彼の作品を元にして過去に作品を作っていたこともありました。いろいろな偶然が一瞬で収斂し、本として形が見えた瞬間があっておもしろかったですね。
ー・・/ Kanade Hamamoto (真珠出版, 2025)
尾中:そもそも「伏龍」がどういう特攻なのかというのも少し話さないといけないのかもしれません。
濵本:そうですね。70キロぐらいある潜水服を着て、砂浜から海底に潜っていく、または伝馬船みたいな船から降りていくもので、50m間隔で碁盤の目のように配置されます。当時酸素ボンベはもちろんないので、「苛性ソーダ」という劇薬を背負っていました。自分が吐いた二酸化炭素が苛性ソーダに入ることで化学反応を起こして酸素が戻ってくるという、すごい仕組みです。その背負っているブリキ缶も薄いので、当たっちゃうと壊れてしまったり、そもそも「鼻から吸って口から吐く」という呼吸法を逆にしてしまうと、口に苛性ソーダが逆流してしまい、それで亡くなる方が多かったというような、結構無謀な作戦でした。だいたい5月から終戦間際まで訓練が行われていて、横須賀で訓練を終えた後に、稲村ヶ崎や呉など、全国に配備される予定のものでした。長い竹槍の先に爆弾を付けて、アメリカの船がもし頭上を通過したら突くというもので、確率で考えるとそんなことがあるのかというものなんですが、本当にギリギリの瀬戸際で思いつかれた案だったというのが「伏龍特攻隊」の内容です。
尾中:今回、上製本を選択したのは、濵本さんが普段読んでいる戦後に書かれた小説などにある雰囲気を提示してもらっていたからでした。その上で濵本さんのインタビューなどを読んでるうちに、埴谷雄高にまつわる展示をやっていたと知り、自分の事務所にあった埴谷雄高の本をいくつか見て、このサイズがいいんじゃないかと判型を提案しました。レコードを付けたのも、展示を見に行った時の音がとてもよかったんですよね。初めてレコーダーも買って、音の編集も初めてということで驚きました。今回の作品のコンセプトであれば、レコードを付けておくというのが合ってるし、レコードであれば伏龍の若者たちの時代でもそれを聴けるだろうということもあって。
濵本:横須賀の近くに住んでいたことがあって、10代の後半に何度も遊びに行っていた海でそういうことが起きていた、というのをたまたま友人に教えてもらって知りました。手記に、「彼らの遺体を収容できなかった」という記述があったりして。となると、自分の遊び場だった場所に、まだいる。80年前だけど今も続いてることなのだと、初めて自分ごととして感じたんです。勝手な使命感というか「何かしなきゃいけない」みたいな気持ちに駆られて、レコーダーを用意したりと進んでいきました。
判型は、私が勝手に長方形の写真集を想像してたら、正方形が出てきて。おもしろいと思いました。横に見開いた時に水平線がパノラマになるから、より続くように見えると思うということを尾中さんがおっしゃってくれて。
尾中:構造の話をすると、4つの写真セクションがあって、その間を区切る3つのテキスト・資料のセクションがあります。写真も時系列関係なく、系統で分けています。初読ではすごく抽象的に見えたものが、テキストを挟みつつ何度もページを往復していくうちに関係性や意味合いがだんだんと複雑に絡み合って深みを増していくように構成しています。濵本さんはかなり実験的な一面もあって、カメラにミラーを細工して撮影したりするんですよね。最初は表面的にしか見えない実験的な部分の効果が、後からじわじわと見えてくるんです。
濵本:多重露光のように見える写真は、ホームセンターにあるようなミラーをレンズの前に取り付けて撮影しています。海辺に立ってフィルムで写真を撮っていた時に、波側と自分の後ろ側を同時に1枚で写せないかということを考えていました。あっちとこっち、彼岸と此岸、海底と海面、そういうものを合成ではなく、多重露光でもなく、目で見ている感じでそのまま1枚に収められないかと思って辿り着いた工作です。
尾中:濵本さんは伏龍の若者たちとの時空を越えた往復書簡というかやり取りをするために、写真もテキストも音を録るという行為も全部使って形として届けようとしているのがよくわかります。リサーチという手法は、ただある場所に行って調査して何かしら返せばいいというものではなくて、そもそもなぜ私がそれをするのかという根本的な動機付けが必要なのではないかと思っています。それがないリサーチはすごく表層的に見えるんですが、濵本さんは元々住んでいた場所での気づきがあり、そして本による知識だけで紹介してはだめだという直感から経験を欲するのですが、当然当事者にはなれないし当時には戻れない。であるからこそ用いられる実験的な撮影方法やフィールドレコーディングなどの創意工夫に濵本さんの誠実さが現れている。今回は、その誠実さに応えないといけないという気持ちが本のデザインに反映されていると思います。濵本さんの写真の実験的な部分の新鮮さや面白さは当然ありつつも、そこに何を見出せるのかという感覚的なところで何かに偏っていない多方向への視線が本にも現れていればと。
⸺この作品集では、1945年当時の記述と、濵本さんが2024年に綴った日記が同じような構成で掲載されていて、それが当時の若者と濵本さんの距離をぐっと縮めている気がします。その往復によって、具体的に景色が立ち上がってくるというような体験がありました。このレイアウトや編集、構成は尾中さんが決められたのでしょうか?
尾中:初めの時点で、濵本さんの日記と1945年の出来事は写真を間に挟むことで分けるという構成の提案をしましたが、日記に見出しをつけずに曖昧にしたのは濵本さんのアイデアです。濵本さんの日記なんだけど、そうとはどこにも書いておらず、境界線がない状態です。そうすることで波が寄せては返すように、未来と過去、此岸と彼岸、深さと浅さを行ったり来たりして、鑑賞者が濵本さんの視点と80年前の視点も得ながら本に没入できるようになっていると思います。
濵本:さっきおっしゃっていたように、これが私の日記かどうか一目ではわからず、さらに80年後の人が見た時には、80年前の日記になっていくわけで。海の波打ち際を見ていると、今と、さっきと、もうちょっと先が全部あるなというのをずっと思っていて、だからすごく海が好きなんですけど。この作品を作るときに、80年前の音も、もしかしたら聞こえるんじゃないか、まだ残響が反響し続けているんじゃないかと思っていました。写真の光も、光の粒子が残ってるんじゃないか。そういうものを頑張って探す、撮ってみる、みたいなことをやっていました。そこに、日記と年表がシームレスに繋がっているという構成にしていただいて良かったなと思います。
⸺収録する作品の選定はどのように進められましたか。
尾中:ある程度は濵本さんにやってもらっていて、そこから少しだけカットしています。でも「やっぱりこっちにしてください」とか、「どうしてもこれは入れたい」などのやり取りは結構ありました。本の前に、横浜市民ギャラリーでの展示のチラシを作ったんですよね。そのとき、ミラーを使った風景の写真に岸が写っているものがたくさんあったので、岸を繋げていきました。それで時系列をなくすというか、本当の空間ではない疑似的な空間を作る、みたいなことをしました。
「ー・・」(チョー タン タン)フライヤー|2025年8月5日(火)~ 8月11日(月・祝)横浜市民ギャラリー/フライヤーデザイン:尾中俊介(Calamari Inc.)
濵本:全部たどると同じ海岸線なんですが、横須賀と、伏龍が隠れるための基地があった鎌倉の稲村ヶ崎など、いくつか違う海で撮っているんです。このチラシでは、その異なる浜の海面の線を繋いでいただいています。そうすると、場所としても境界が揺らいでくるし、時間の感覚も揺らいでくる。おもてには私が潜った海の中の写真を掲載して、すごく薄い紙で作っているので、光に透かすと裏側に印刷された人影の輪郭が浮き上がってくる。それが、海底に私が潜っていた状況みたいで、彼らに重ねることもできるんじゃないか。そういうことをチラシの時点ですごく汲み取ってくださっていました。
尾中:廃墟を見つけるとiPhoneで撮った写真を近くのコンビニで出力して廃墟の壁に貼って展示をする、その展示風景をまとめた濵本さんの写真集(『VANISHING POINT exhibition in liminal zone』)を以前見せてもらっていました。A3で出力したものを並べて繋げて貼っていくんですが、そのとき綺麗な1枚の画を作るのではなくズレていく。違う写真を組み合わせているものも見ていて、そのイメージが先にありました。海面を合わせるアイデアは僕が考えたというよりは、濵本さんの手法の模倣です。
VANISHING POINT exhibition in liminal zone / Kanade Hamamoto (Self Publishing, 2022)
濵本:廃墟での展示方法が引用されているとは知りませんでした。写真を一度出力して、 さらにiPhoneに拡大鏡をつけて撮ると、CMYKの網点が出るんですが、その状態をA3でまた出力して壁に貼る。そうすると、小さかった写真をすごく大きくできる。グラフィティの文化に憧れがあったりとか、ホワイトキューブで展示をすることに葛藤があったりして、こういう場所(廃墟)で本当はやりたいし、誰かがエンカウントしてくれたらいいなと、イリーガルなことをやっています。ミクロなものがすごく大きくなって、また小さくなる。そもそも景色を写真で撮る時点でだいぶ小さくなりますが、それをもう一度現実の大きさに戻すということをやっています。そして、尾中さんが書かれる文章にもそういうものがあるなと思っています。手のひらから始まるんですけど、気づいたら遠くに飛ばされていて、そのうちにまた今読んでいる1文字の話になっているという行き来が、時空を飛び越えてしまっている文章ですし、ユリイカ(2020年2月号)に寄稿している文章は本当に枠を飛び出してしまっているという。
尾中:濵本さんとは年齢は離れていますが、さっきのイリーガルな話とかグラフィティへの憧れ、マクロとミクロの視点、此岸と彼岸、反対方向への意識など、考え方が似ていると思いました。梅田くんをおもしろいと思う感性もそうですが、作家として以前に、考え方が似ているところがあって、すごくやりやすいし考えやすいというのがありました。ただ大きく違うのはとても行動的であること。伏龍のリサーチの仕方やフィールドレコーディングもどんどんやるなという印象がありました。今回も神奈川から車で来られたんですよね。たとえば、大分で梅田さんの『O滞』のリバイバル上映があるとなったら一晩で車で来るみたいな。だからこそ廃墟も見つけられる。
濵本:なにかあるかもと思って、スプレー糊とカメラを持って車で移動するんです。
尾中:写真家であるにしてもアクティブさが際立っていると思いました。尊敬する人を尋ねると、ソフィ・カルとおっしゃっていましたよね。写真家じゃないんだなと。ただソフィ・カルも行動的ですし作品を積極的に本にしてます。
濵本:ソフィ・カルの好きなところはそこで、本に作品としての価値がある。ただのアーカイブや写真集ではなく、作品を買っているような気持ちになる。そういう作家に初めて出会って、熱量と物量、内容の濃さで、言葉や写真集、どの形態で見ても作品になっているというかっこよさにすごく惹かれています。
尾中:何十万円の作品ではなく、本であれば誰にでも届けることができる。記録とか、そういう副次的なものではなく、それ自体をアートピースとして作ろうとしている。アートブックのあり方としては一番いいですよね。青旗さんが扱いたい本もそういうものだと思います。そもそも本という形態が好きになったのは、ソフィ・カルがきっかけですか?
濵本:最初の方に買ったアートブックがソフィ・カルの『なぜなら』(原題:Because / Atelier EXB, 2019)という作品集でした。本文が袋とじで、なぜその写真を撮ったのかという理由だけがテキストで記されています。袋とじを開けると写真が出てくるという仕掛けのものなんですが、先に文字を読まされて、一度想像させられ、その後に写真を見るという体験になっている写真集。写真を扱っている作品で、こんなに参加させられて、能動的になるということに感動しました。そこから他の作品集やアートブックに興味を持って、自分の作品を本にして残したいという気持ちになりました。自分が死んでからも残る可能性があって、自分自身、もう亡くなっているはるか昔の人の文章やデザイン、写真に感動してきたので、それをやりたいという感じです。
Because (version English) / Sophie Calle (Atelier EXB, 2019)
尾中:今進行しているプロジェクトなどはありますか?
濵本:今は新しいことはそんなにしていないのですが、ライフワークになっている廃墟のシリーズをまとめて上製本で出してみたいなと思っています。今回は自分で出版レーベルを立ち上げて出版しました。それを続けていくために本を出したいし、いつかは誰かの本を出せるようなレーベルにしたいなという気持ちを持っています。
⸺尾中さんもご自身で出版をされていますよね。
尾中:僕の出版では、だいたい印刷・製本費を抑えてつくろうと考えながらやっているんですが、濵本さんは上製本にしたいとか志が高いです。上製本は手作業が入るのでどうしても製本費が高くなるんですが丈夫で上品な仕上がりになります。
濵本:やっぱり上製本に憧れがありました。尾中さんは、デザインの仕事と詩作の切り口、最初の一歩みたいなものはどのように始まるのでしょうか。
尾中:昔は詩とデザインは違うと思っていたのですが、ここ何年かでどうも同じだなと思うようになってきました。何度も同じものを繰り返す、韻を踏むという作業をしていたり、換喩や隠喩で別のものを繋げていくことをやっています。本のつくりとしてもそういうことを考えながらやっていて、今回の作品集も、表紙は海の隠喩になっています。タイトルの「ー・・」はモールス信号なんですが、濵本さんの名前があって、そこから泡が出ているような、泡が上に上がっていっているようなイメージです。それが裏表紙になると、泡自体を真上や真下から見ているような状態。この円はコンパスで書いた線を箔押ししていて、それが付属のレコードと同じサイズになっています。
濵本:伏龍の訓練では、海に潜る人が腰紐をつけて、合図を送るんです。腰紐を引いて、無事海底に着いたとか、今から浮上するという合図を決めていました。船の上からも、右に曲がれとか、進めとか、そういう合図を送り合っていました。「ー・・」(チョー タン タン)というタイトルは、その中で「海底到着」という意味として使われていた合図から取っています。モールス信号は戦後に「ツー」と「トン」に統一されたんですが、当時は「長(チョー)」と「短(タン)」だったということで、手記には全てそう書かれていました。参考図書として読んでいた本も展示しているんですが、そこに合図の一覧が書いてあります。

⸺会場のヘッドホンで聞ける音はどのようなものですか。
濵本:展示のために作ったものをこの巡回展用にさらに調整をしているんですが、写真集のレコードの音とだいたいの構成は同じです。また、入り口のラジオからは、現実のラジオの音声と80年前の放送の音、さらに架空のニュースと、海外のラジオの音声をミックスしているものが流れています。
⸺最後に、今回の展示のことを聞かせてください。これまでの展示では、「midday ghost」ではライトボックスを使ったり、先ほどお話があったように音のみの展示や、廃墟で出力したものを貼ったりなど、いわゆる写真展らしい展示ではないものが多かったと思います。今回は額装で展示をされていますが、これはどのように決められたのでしょうか。
濵本:「midday ghost」では自分でライトボックスを作って、アクリルに印刷したものが光っているようにしています。それは亡霊や幽霊など、輪郭がないものをテーマにしていて、端があるものがテーマに合っていないということで光を優先していました。廃墟に関しては、即席で近くのコンビニで印刷できて、糊で貼れて、写真がその場所といっしょに風化するのか、誰かに剥がされるのか、という不安定な状態を保っていることで成立する作品だったので、額装はしていません。今回の展示では、入り口に写真集からの引用で小さいテキストを貼っているんですが、サイアノタイプでプリントしていて、一応写真ということにしています。テキストの展示方法でいいものが思いつかず、写真にしてしまえばできそうと思って。
尾中:1階から階段をのぼってきたときにラジオが聞こえてきて、帰る時、階段を降りるときにもまた作品を見つけると思います。もう終わったと思って会場を出たあと、もう一度作品に出会う感じが、今回の作品の内容そのものを反映していると思います。行きつ戻りつというか、過去と未来が曖昧になっているというか。実際にそれが「あった」ということをどう考えるかは、時間という概念をどう考えるかという話でもあります。今回、本をつくりながらそういうことを考えていました。濵本さんともそういう話を結構した気がします。今回の展示でも、そういう行き来みたいなことが行われていると思います。
